えげつない解熱剤

学生時代の僕はとにかくお金がなくて。でもバイタリティは猛烈なものがありました。
お金は無いがどうしても遠くに行きたい。
こうして僕はヒッチハイクにのめり込むのでした。

ドライバーが退屈しないよう夜通しトークをする代わりに何度もタダで大阪〜東京を運んで貰いました。
そしてある日、僕と僕と一緒にヒッチハイクをしていた後輩に事件が起きました。いわゆる誘拐をされました。22歳の時でした。

気づけばハイエースの中で身柄を拘束され、知らないところに運ばれていました。
火や刃物を向けられましたが、抵抗の甲斐あって外に出させてもらえました。
するとそこは、田んぼのあぜ道でした。真冬の事だったので、恐怖と相まって歩けないほど震えました。

Googleマップを見ると、そこは静岡のはずれで、
数キロ先に小さな駅があることを知りました。
何とか駅まで着きましたが、そこはコンビニさえ無い伽藍とした街でした。終電ももうありません。野宿を覚悟した矢先、1軒賑やかな家を見つけました。
そこは夜はスナックを営む小さな定食屋でした。
中に入り、事の経緯を説明し、朝まで居させてもらえないかと交渉しましたが、結果はNG。
客はみな近所付き合いがある感じであったかいのですが、漏れなく泥酔しており、我々がみなを笑わせるために冗談を言っていると思っている様子でした。

唯一素面だったお店のおばさんが、店に泊める事はできないが、「やまちゃん」の家に泊まるよう勧めてくれました。
やまちゃんと言うのは、店の常連で気前の良いおじさんだそうで、次の日が仕事でそろそろ帰るから、と、一緒に帰ることになりました。

そのやり取りを終え、移動に向け荷物をまとめていると我々の使っていた「東京」と書かれた段ボールで子どもが遊んでいました。
それを見て笑いが込み上げてきて、「そのボードあげるよ」と言って店を後にしました。
緊張から一気に解き放たれました。

「君たちをこれ以上不安にさせちゃいけないから、家に着いたら3人で玄関で写真を撮ろう。俺が変な奴だったらこれで警察にいけ」と、やまちゃんちに向かう道中、やまちゃんは僕らを気遣ってくれました。
その後も、やまちゃんは家に着くなり寒く無いようにシチューを作ってくれたり、よく眠れるようお酒を振る舞ったりしてくれました。
本当に穏やかな時間でした。

その刹那、僕は怒鳴り声で目が覚めました。
後輩とやまちゃんが口論、いや、口論と言うにはあまりに一方的な敵意とそれに抵抗するために張り上げた声がぶつかり合っていました。
僕は昨夜溶けるように寝てしまったのであまりの状況の変わりようにしばらく理解が追いつきませんでしたがだんだんと原因が見えてきました。

昨夜泥酔していたやまちゃんは僕たちを泊めていることを忘れていたのでした。
知らない若者が家に不法侵入したと思われており、かなりの緊迫感が小さな部屋に充満していました。

改めて昨日の経緯を説明し、玄関で撮った写真を見せる事で誤解はとけましたが、あの時の殺気はハイエースの誘拐犯のそれよりも遥かに上回ったものでした。
解熱剤(＝やまちゃん)の方にもとんでもない罠が潜んでいた、という体験でした。


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店で出会った子どもとやまちゃんちの玄関で撮った写真をあしらった贅沢なTシャツです。

サイズはFREE。特にご希望がなければモデルと同じサイズで作成します。
モデルは165cmです。
※サイズ違いが欲しい方は違ったサイズも承ります。これぞFREE。

こちら受注生産商品につき、注文が入ってから制作をはじめますので納品まで1ヶ月ほどいただく可能性がございます。

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